2011年05月11日

真昼なのに昏い部屋  江國香織


内容(「BOOK」データベースより)
会社社長の夫・浩さんと、まるで軍艦のような広い家に暮らす美弥子さんは、家事もしっかりこなし、「自分がきちんとしていると思えることが好き」な主婦。
大学の先生でアメリカ人のジョーンズさんは、純粋な美弥子さんに心ひかれ、二人は一緒に近所のフィールドワークに出かけるようになる。
時を忘れる楽しいおしゃべり、名残惜しい別れ際に始まり、ふと気がつくとジョーンズさんのことばかり考えている美弥子さんがいた―。


  **   **   **

なんとまぁ、美しい恋物語でしょう。
と思いながら読んでいました。
“不倫”ということを忘れるぐらいに美しい。

そうそう、恋するとこうなるんだ。
急速な恋愛じゃなくて穏やかな恋。
いいなぁーなんて思ってしまいました。

艶っぽい空間がたちまち広がってきます。

江國さんの美しい文章がきらきらと映像となり
その町の空気や、住人達の空気感までもが現れてきます。
ほんとに江國ワールドにどっぷり浸かって、
いつもよりゆっくり読みました。
読み終えたくない、と。

しかし、ラストでは穏やかだった“大人の童話”が
残酷なものへと変わっていきます。

それが、またいいのです。



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ラベル:江國香織 小説
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2011年02月10日

抱擁、あるいはライスには塩を    江國香織


内容紹介
三世代、百年にわたる「風変りな家族」の秘密

東京・神谷町にある、大正期に建築された洋館に暮らす柳島家。
1981年、次女の陸子は貿易商の祖父、ロシア革命の亡命貴族である祖母、変わり者の両親と叔父叔母、姉兄弟(うち2人は父か母が違う)の10人で、世間ばなれしつつも充実した毎日を過ごしていた。

柳島家では「子供は大学入学まで自宅学習」という方針だったが、父の愛人(弟の母親)の提案で、陸子は兄、弟と一緒に小学校に入学。
学校に馴染めず、三ヶ月もたたずに退学する。陸子は解放されたことに安堵しつつ、小さな敗北感をおぼえる。
そもそも独特の価値観と美意識を持つ柳島家の面々は世間に飛び出しては、気高く敗北する歴史を繰り返してきた。母、菊乃には23歳で家出し8年後に帰ってきた過去が、叔母の百合にも嫁ぎ先から実家に連れ戻された過去がある。
 
   
  **    **    **

大正期につくられた洋館に住む柳島家。
ロシアから亡命した祖母。両親。
ヒッピーな叔父、繊細で神経質な叔母、姉と兄弟――姉と弟は父と母が違う――と暮らしている。
しかも愛人は家族公認。
子供たちの教育は小中学に通わず、自宅教育を受けている。
世間体というものを全く気にしない三代の家族。

かなり風変りな家族を、一章ごと語り手を変えながら、季節や時間を変えながら魅せてくれます。
そして、後半になるにつれて家族の秘密、思いなどに驚かされます。


一体どんな家族なんだ?どんな人間たちなんだ?と、興味を持ちつ眉をひそめながら読みました。
小中学を通わせず、家庭教師をよび高等な教育を受けさせるし、
大学には行かせるが(またそれが東大やらお茶の水やら)、
息子は遊学をさせるし、
テニスをするにもプロのコーチをよぶ。
愛人を囲んで爽やかに寿司を食す。
なんなんだ……この違和感。

しかし、大きな家を通して語られる家族や邸、外界というものを知るうちに
その人たちの人生が愛おしくなり、一番近くで見ていたかのような気持ちになります。
突飛な設定だけど違和感がないのは、
江國さんが魅せる登場人物たちが感じる季節、色、感触、匂いなどが五感にすんなりと浸み入るからだと思います。
彼らの哀しい記憶、喜び、秘密ごと、キラキラと輝く真新しいものが章ごとに丁寧に書かれています。
私自身もそれを手に触れたかのように感じ、思わず嘆息します。


やはり、江國さんがつくる世界観はとても好きです。
そして、この作品が一番好きかもしれない。
繊細で綺麗なのに豪胆で、人物の身の回りを書かせたら本当にうまい。


個人的に好きなのは、桐叔父の章。
自由で大らかでキラキラしているのに、物悲しく感じる桐叔父。
私は必死に、彼の自由「ライスには塩」を行間から探していました。

家族の仲間になることはできないが、
登場人物の兄弟の嫁と同じように彼らを見ているのも悪くないです。
彼らの合言葉、「ライスには塩を」を直に聞くことはなくても。
「かわいそうなアレクセイエフ」


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ラベル:江國香織 小説
posted by オハナ at 15:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 江國香織 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

号泣する準備はできていた  江國香織



『きらきらひかる』や『落下する夕方』など多数の作品で、
揺れる女性の内面と恋愛模様を描いてきた江國香織の短編小説集。
淡く繊細な筆致でつづられた12編は、
さらりとした読みごたえでありながらも、男と女の物悲しさを秘めたものばかりだ。
第130回直木賞受賞作品。
満ち足りていたはずの恋に少しずつ影が差す様を描いた表題作「号泣する準備はできていた」、
妻のある男性との濃密な関係がずれはじめる一夜をつづった「そこなう」など、
当たり前にそばにあるものが静かに崩壊していく過程を、
江國は見慣れた風景の中に表現してみせる。
また、若かりしころの自分と知人の娘の姿を重ねた「前進、もしくは前進のように思われるもの」や、
17歳のときの不器用なデートの思い出を振り返る「じゃこじゃこのビスケット」では、
遠い記憶をたどることによって、年を重ねることの切なさを漂わせる。

各編の主人公は、もう若いとはいえない年齢の女性たちである。
家族や恋人を持ち、同性の友人にも恵まれている幸福そうな生活の隙間に忍び寄る、
一抹の不安やわずかなすれ違いは、誰もが経験したことがあるだろう。
主人公の心境が「残りもののビスケット」や「捨てられた猫」といった身近なものに投影されるのも、
江國作品の特徴である。
決してドラマチックではない日常の瞬間を切り取った物語が、
シンプルながらも美しくまとめられている。


       **    **    **

12篇からなる短編集。
切ない。ただ切ない。
何が起こるというわけでもないのですが、
ちょっとした心の隙間から切なさが漏れ、
登場人物たちを困惑させます。

ただ、その切なさから逃れるようなことはしない。
全身でそれをかぶり、味わい、堪能し
それでも毎日の生活は変化することはない。
このさき、「号泣するのだろう」と思っていても、
十分に甘んじて受ける。


最後にある「そこなう」では
不倫が15年越しで成就し、
離婚が成立してようやく恋人同士になった二人。

幸せなのだけれど、そこはかとない不安が押し寄せてくる。
楽しいこと、嬉しいことが起こる予感は
隙間から不安が覗いている。
落差が大きくて、じわりと恐怖もせまってくる。

もしかしたら、
「いつか一緒になれる」という幻を追っている時の方が幸せだったのかもしれない。
もう後には戻れない。
そこなう、とはそういうことなのだろうと感じました。

どんなに愛して、大切にしている人でも、
自分が「相手を必要としなくなった」ことに
気がついた瞬間、彼女たちはうろたえない。
号泣の準備はできていても、泣くこともできない。
切ないですね。

江國香織にしか表現できない短編集でした。
もう少し、年齢を重ねてから読み直したいです。




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ラベル:小説 江國香織
posted by オハナ at 13:08| Comment(0) | TrackBack(1) | 江國香織 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月18日

泳ぐのに、安全でも適切でもありません    江國香織



愛することと幸福とは同義では決してなく・・・。
安全でも適切でもない人生のなかで、愛だけにはためらわなかった女性たち・・・・・そんな女性たちの短篇集。


 ** ** ** ** ** 

これは、江國さんの匂いがぷんぷんしてきます。
起承転結がはっきりとした小説ではないので、好き嫌いがはっきりするかもしれません。
どこかしら共感できる部分があると思います。

中でも、「うんとお腹をすかせてきてね」はお気に入りです。
恋愛をすると、五感がするどくなるんですよね。
パートナーと美味しいものをいっぱい食べて、美味いと一緒に感じる。これって重要なんですよね。
幸せいっぱいの話ではない。切なく寂しい不穏な空気も充満している。

それがものすごくリアルだったりします。


そしてやっぱり江國さん、文章うまいですね。
見過ごしてしまう微妙な人間の心情を、嫌味なくしっかりと表現してくれます。
ラベル:江國香織 小説
posted by オハナ at 21:56| Comment(0) | 江國香織 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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