2011年07月12日

廃疾かかえて  西村賢太


内容(「BOOK」データベースより)
怪し気な女ともだちに多額の金を貸していた同棲相手の秋恵。
その人の好さに暴力的な衝動をつのらせていく、身勝手な男・北町貫多を描く表題作。
大正期の無頼派作家・藤澤清造の歿後弟子を任ずる金欠の貫多が稀覯雑誌を求め、同行を渋る女と地方へ買い出しに行く「瘡瘢旅行」他、敗残意識と狂的な自己愛に翻弄される男の歪んだ殉情を描く、全く新しい私小説。


  **  **  **  **

身勝手な男、貫多。
好きで同棲している秋恵に罵倒して、便所のスリッパで何度もはたき、
肋を蹴る。まさに自分勝手で最低なDVな男。
もっと言うなら、下衆な野郎。

こういう男性が作品に出てくる場合はたいてい、気分は良くなく眉間にしわを寄せながら読むんですが、意外にもこの作品はそういったことはありませんでした。
おそらく、下衆な野郎を表現している文章が綺麗なのです。

下衆な貫多の言い分は実に勝手。
ああ言えばこう言う性格で、秋恵(女性)に対しても下品な言葉を浴びせます。
女性が読めば、こんな男とは絶対関わりたくない!!!と思うことは必至。
なのに、なぜかどんどんと読んでしまう。
怖いものみたさ……とはまた違う。
解説になるほどと思う答えが書かれていました。

「我々が(中略)幼児の頃からさんざ言われてきた教えを、貫多は気持ちよく無視します。貫多は私たちの変わりに暴力をふるい、性的欲求を開放し、カロリーの過剰摂取をしてるのではないかと思えてきて、だからこそ私は、負のヒーロー・貫多に対して一抹の痛快感を覚える」


まさにそうかもしれません。
間接的に自分のやってみたいことをやり散らかしてくれる負のヒーロー、貫多。

ただし、こういう人間は小説の中にだけ住んでいて欲しいと願うのみ。



ラベル:西村賢太 小説
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2011年04月06日

吉祥寺の朝日奈くん  中田永一



中田永一さんの恋愛短編集。


『交換日記始めました!』

恋人同士の圭太と遥が内緒で交わしていた交換日記。二人だけの秘密だったはずが…。


ラクガキをめぐる冒険』
高校二年のときにクラスメイトだった遠山真之介。五年後の今、不思議なことに同級生の誰も彼のことを憶えていないのだ。


『三角形はこわさないでおく』
ツトムと小山内さんと、俺。ツトムは小山内さんが気になり、小山内さんは…? 微妙なバランスの三角関係の物語。


『うるさいおなか』
私のおなかは、とてもひんぱんに、鳴る。そのせいでどうしても積極的になれなかった私の前に、春日井君があらわれて…。


『吉祥寺の朝日奈くん』
山田真野。上から読んでも下から読んでも、ヤマダマヤ。吉祥寺に住んでいる僕と、山田さんの、永遠の愛を巡る物語。


ずっと積読していた本。
休日に本を開いてみたけど、穏やかな天気の休日にふさわしい小説です。
百瀬、こっちを向いてでも甘酸っぱい恋愛を書かれていましたが、
甘酸っぱさのなかに、ゆるやかな恋心が表現されていて好きです。

登場人物たちは少し個性的でリアリティにかけるのですが、私はこういったずれた視点を持つ人たちが好きなのです。

個人的には『ラクガキをめぐる冒険』と『三角形はこわさないでおく』
表題作である『吉祥寺の朝日奈くん』が好みです。
なんともはがゆい気持ちだけど、それが心地いい。
そしてすべて、その後が知りたくなります。


リアリティがなくてもいいのですが、
“美少女や端正な男の子”とか、別にいらないのに……って感じました。
それらの語彙がでてくると、少し醒めてしまいます。
もっと違う言葉で表現してほしかったかなぁ。


恋愛ものが苦手な方は、ぜひ読んでほしいですね。
アマアマではないかつての恋模様として楽しめると思います。

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ラベル:中田永一 小説
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2011年03月25日

軽蔑  中上健次



出版社/著者からの内容紹介
トップレス・バーで働く美人の真知子と遊び人のカズさんが、
夜となく昼となくくり広げる愛欲の日々…。
新しい愛の形を必死に生きる男と女の運命を鮮烈な感性でとらえた長編。
内容(「BOOK」データベースより)



    **  **  **

中上健次、最後の長編小説。

歌舞伎町のトップレス・ダンサー真知子は、暴走族くずれの遊び人カズさんを恋男にした。
カズさんのことを初めから好きだった真知子。
周りからは、遊び人だから苦労するわよ、と言われても心はカズさんにあった。

ある日、客の前でいつものように煽情的に踊っていると
風のようにやってきたカズさんは真知子をさらっていった。
「これから高跳びだぜ」

恋い焦がれた男と連れ添うことができると嬉しく思う真知子だけど
不安にもなってくる。
なぜ高跳びなのか、
なぜ行き先が恋男の故郷なのか、
二人きりだけで、自分たちらしく生きられる歌舞伎町ではいけないのか。
それらの疑問を強く投げかけることなく恋男についていく。

作中で主人公の真知子が「男と女、相思相愛の五分と五分」と
幾度となく述懐するのですが、
これは呪文のように思えてきます。

どういうことが五分と五分なのか。
男はわかってはいません。
真知子が好きな男はどう見ても“ろくでもない男”
“遊ぶことしか能のない男”
博打を打ち、大きな借金をかかえて奔走する男。

私は読んでいるうちに、
「好きな男と寄り添いたいなら、五分五分と言わずについて行ったらいいじゃないの」
と歯痒くも感じました。
まさに呪文のように2人の運命をがんじがらめにしていきます。

どう考えても真知子の気持ちはわからないし、
共感できないと思いながら読み始めましたが、
そこは中上健次の文章なのでしょう。
女性の繊細な心、男に対する気遣い、女同志のささいなやりとり、
他の男に対しての心境などの描写が巧みです。

なにゆえここまで女性の心理をくみ取ることができるのでしょうか。


高利貸しの男に「綺麗な人だね」と真知子が言われたとき
真知子はこう返します。
「そんな言い方をされたら、女は有難うとしか言えない」
ここを読んでしばし考えました。
すごいさらりとしたかわし方で素敵、なんて感じたのですが
こんなこと言えないです。
でも、真知子ならそう返す。
そんな言葉の選び方が好きだなと思いました。


これはまた是非読み返したいです。
というのも、まだまだ私自身がくみ取れていない箇所が多すぎます。
花やたくさんのメタファーも多い……。


そうそう、この「軽蔑」というタイトル。
この真意をつかめません。
なんとなく感じるところはあったのですが
本を閉じた瞬間に霧散してしまいました。
軽蔑。誰が誰に――。
誰か教えて……(+_+)



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ラベル:中上健次 小説
posted by オハナ at 21:52| Comment(2) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月28日

さよならの代わりに   貫井徳郎


内容(「BOOK」データベースより)
「私、未来から来たの」。
劇団「うさぎの眼」に所属する駆け出しの役者・和希の前に一人の美少女が現れた。彼女は劇団内で起きた殺人事件の容疑者を救うため、27年の時を超えて来たというのだ!
彼女と容疑者との関係は?和希に近づく目的は?何より未来から来たという言葉の真意は?
錯綜する謎を軽妙なタッチで描く青春ミステリ。


      **  **  **

「私、未来から来たの」
と言いだす少女・祐里。
女経験値が低い劇団員・和希。

彼女は未来からやってきて、ある殺人事件の真犯人をみつけるために奔走する。
そして、和希は彼女に振り回される、とにかく人の良いやつ。
この組み合わせ、掛け合いだけでも十分面白かった。

貫井作品というと、重い、というイメージが先行してしまいますが、
SF青春ものと思って読むと感じ方が変わってきます。


どんなにもがこうとも、
彼女のいる未来では“何も変わっていない”のです。
それなのに、過去に戻って真犯人を探して未来を変えようとする。
しかし、未来は“何も変わらない”。

実は、彼女は過去も未来も変わらないと知っているのですね。

なんか切ないなぁ。



時間SFってたまにこんがらがってしまいますよね。
(私の頭が悪いのか…)


ミステリとして読むとダメかも。
犯人もわかるし、冗長気味だし…。
軽い感じで読むのをオススメします。
そうすると、なかなかいいものです。
(私が貫井徳郎贔屓だからだろうね)




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ラベル:貫井徳郎 小説
posted by オハナ at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

中原中也詩集


出版社/著者からの内容紹介
自選の詩集【山羊の歌】【在りし日の歌】と若干の未刊詩集を残し、
二十九歳で早世した中也。
ヴェルレーヌ等の影響を受け、恥らいと悲しみに潔癖で、昭和詩壇にユニークな存在であった。
(河上徹太郎)
内容(「BOOK」データベースより)
愛する者よ、無垢なる日々よ―。
生と死のあわいを漂いながら、失われて二度とかえらぬものへの、
あふれる惜別の想いを、ノスタルジックにうたい続けた、夭折の天才詩人、中也。
哀切で甘美なことばが、胸をうつ調べとなって響きあい、
はかない余韻が心に沁みる2冊の詩集『山羊の歌』『在りし日の歌』に、
詩集として編まれなかった作品も併せた140篇の詩篇を収録。
商品の説明をすべて表示する


     **     **

何年も手元にあった「中原中也詩集」です。

昔、国語の授業で知った中原の
「サーカス」「汚れつちまつた悲しみに」が忘れられないんですね。
やたら今年に入って思いだすのです。
確か持っていたぞ、と思って本棚から取り出し、少しずつ読みました。

まったく詩に詳しくない私です。
詩は感じるままでいい――ということですし、
肩肘張らずに受け止めました。
中也の詩って、こねくり回したような印象がないですね。
生まれながらの詩人と言われるのはそのせいでしょうか。

すべてが……というわけではないんですが
退廃的といいましょうか。
でも美しい、哀しいくらいの儚さと危うさを感じました。

今の私が気になったのは
「曇天」と「昏睡」です。

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ラベル:中原中也 小説
posted by オハナ at 00:51| Comment(2) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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